●『ニッポン不安天国』 2005年ステナイデ16号掲載

むかしむかし、あるところに小さな男の子と女の子がいました。二人は毎日お空から降ってくる神様からの一つのお餅を分け合って食べ、何不自由なく仲よく暮らしていました。あるとき、二人はふと不安になりました。

「もしこのお餅が、明日降ってこなかったらどうしよう....?」そう思うと急に怖くなりました。そこで二人はお餅を半分に割って、明日のために取っておきました。

さて、その次の日から、お餅がお空から降ってくることは、二度とありませんでした。

この話は南の国に伝わる民話の一つです。私は、最近この話が気になります。なんとなく今の日本人の心の状態とかさなってしまうのです。今この国には、不安という名の怪物が、そこらへんの空気いっぱい蔓延しているような・・・。

「もし、会社を明日解雇されたらどうしよう?」「もし、強盗に襲われたらどうしよう?」「もし、ガンになったらどうしよう?」「もし、明日大地震が来たらどうしよう?」「もし、お金がなくなったらどうしよう?」「もし、へんな菌をうつされたらどうしよう?」「もし誰かが私をストーカーしてたらどうしよう?」「もし、彼氏に嫌われたらどうしよう?」「もし、誰かに恨まれてて、夜道で刺されたらどうしよう?」「もし、戦争になったらどうしよう・・・」そんな気分になっちゃったら、ベッドの中でじっとしているのが一番のいいかも。

でもそれだとなんだかさびしい...。人生何のために生きてるんだかわからなくなっちゃう。やっぱりお空の下で、わおーって元気にはしゃぎまわりたいもんです。あのすんごいパワフルで、未来の力にあふれている子どものような無邪気なエネルギーは、大人になっても実はもっているものなのです。ほら、うれしいことがあるとよく踊り出したくなっちゃうことってあるじゃないですか。え、私だけですか?

この南の国の二人は子どもの気持ちの中に、あるとき大人の気持ちが芽生えたんでしょうね。今、この瞬間ではなく、ちょっと先のことを考えるという大人の意識・・・。考えてみたら、人っていつもちょっと先のことを考えていません?「今晩のおかず何にしよう?」「これからいく得意先では、この企画書を・・・」とか。今この瞬間を見ているのではなく、ちょっと先に目をやっている。そのちょっとした未来でさえも、私たちには予測ができない。そのことが「不安」を呼ぶのです。でもひょっとしたら、得意先訪問に心が奪われているとき、目の前には、美しい花が咲き乱れているかもしれない。まだやってこない未来に対していらぬ気をもんでいる間に、目の前の美しさを楽しむことを忘れているかもしれない。それはとてももったいないこと。もしその花にちょっとでも気がついて「わあ!きれいだなあ」って心が元気になると、そのパワーがクライアントの心に伝わり、彼らを動かすのかもしれないというのに・・・。

そんなふうに、目には見えないのだけれど、暖かいパワーや、不思議なことはそこら中にあふれているものです。ハリーポッターの世界は映画の中だけじゃないのです。魔法の世界は、ほら、あなたのすぐそばであなたが開いてくれることをいつでも待っている。それはホウキで空を飛んだりなんてハデなパフォーマンスではなくても、なにげないことで「あれっ?」思うことあるでしょ。そのときなんだか心が温かくなりません?それに気がつくのは、まさに子どもの心。目の前にあるものに素直に感動したり、今この瞬間をいとおしく思う心。そして神様からのおくりものを「信じる」ということ。まさにあの南の国の二人は、その信じることを「疑った」ことから何かが変わってしまったのです。

信じるという魔法を使ってみましょう。するとお空から、出来立てのあったかいお餅がふっと降りてくるかもしれませんよ。

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