●『ニューヨークのスカンク』 2007年東書Eネット掲載

いまでこそ高尾山のふもとに住んでイノシシの存在を身近に感じるけれど、まさかニューヨークで野性の匂いを嗅がされることになろうとは思いもしなかった。

ニューヨークといっても大都会のイメージだけじゃない。一歩街からはなれると、そこには手つかずの野性の森がたくさん存在する。
そのころニューヨークでユタという名前のホワイトシェパード犬を飼っていた私たちは、よく彼を連れてあっちの公園、こっちの公園と出かけたものだった。
きらびやかなクリスマスツリーで有名なロックフェラーセンターのロックフェラー一族が持つ広大な敷地の中の公園でのこと。ちょっと目を離したスキに、ユタがいなくなった。あせってまわりを見渡すと、いきなり茂みの中から、巨大なシカが飛び出してきた。うわーっとのけぞると、その後ろを怒濤のごとく追いかける一匹の犬...。優雅に飛び跳ねながらかけていくシカとは対照的に、一心不乱にどどどどーっと後を追う我が家の犬の姿。どこかのどたばたコメディーに出てきそうなみっともない姿がなんともなさけない。案の定、シカには相手にもされず、彼はトボトボともどってきた。

夕暮れ時のとある公園。ハドソンリバーに夕日が沈み、暗闇が迫ってきていた。私たちの目に映るものはすべてシルエットになってまさに幻想の世界....。ユタは何かとたわむれている。気がつくとあちこちにうごめくものが。それは3、40センチくらいの体長。
「おかしいなあ...。あんなにたくさん犬がいたかなあ?」
そいつらはなぜかみんな大きなしっぽを持っていた。
と、突然ユタが宙に飛び上がった。私は彼が何かに噛まれたと思い、慌てて彼のところに走っていく。そのとき嗅いだ得体の知れない匂い。鼻がひん曲がりそうになった。あーっ、スカンクだ...!ユタは顔面にスカンクのスプレーをかけられていた。

アメリカで犬を飼うと、もれなくスカンクもついてくる。ブロンクス地区のゴミ捨て場には、夜な夜なスカンクが徘徊している。犬コロどもはさんぽのついでに、退屈しのぎに必ずそいつらを追いかける。するとスカンクはご丁寧にお尻を向けて一発おみまいしてくれるのだ。あの匂いはちょっとやそっとでとれる匂いではない。その場で首輪もリードもすべて捨てなければいけない。洗って落ちる匂いではない。思わず犬も捨ててしまいたくなる。いや、そういうわけにもいかない。 
ということで犬を飼うニューヨーカーたちの間では、いつもその話題が絶えない。どこそこのブランドのトマトジュースが匂い消しにいいだの、トマトピューレーがいいだの、ケチャップがいいだの。いや、お酢を頭からぶっかけるのが一番だの。最近ではどこからかネットで調べてきて、ベイキングソーダと皿を洗う洗剤を混ぜて洗うとか、...いやそれより過酸化水素がいいなどと、もうわけがわからぬ。
私はいろいろ試みて、結局「Skunk-Off」という薬品に落ち着いた。それでも匂いがすべて消えるまでには3ヶ月はかかる。そして晴れてクリーンになったあかつきに、また一発おみまいされるのだ。

今はその匂いからも解放されて、毎夜我が家の庭先を流れる川を、バシャバシャと走りまわるイノシシの川遊びの音を聞いている。

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●『ニューヨークのスカンク』 2007年東書Eネット掲載